はなのかんばせ

だいがくいんせいのらくがきのーと

「雨」「換気扇」「ニュース」

 記録的な大雨が降り続いているというニュースを見たのは、雨が降り始めた随分後だった。ニュースは雨が降り始めたころからずっとやっていたのかもしれない。俺がニュースを見たのはついさっきだったというだけで。

 「○○地域では土砂崩れの恐れがあり、避難勧告が出ています。注意してください。○○川が氾濫しました。近隣の方は避難してください」

 ひたすらに災害の情報が入ってくる。テレビで流れる映像は、この国では今まで見たことがないような景色だった。強い雨によって川は氾濫し、山の土砂は崩れ、風で車が玩具みたいに転がっている。ここから数十キロ離れた街でも同じようなことが起きているらしい。現実感がなかった。

 テレビを消すと、この部屋は窓に打ち付けられる雨と風の音しか聞こえなかった。窓が割れるのではないか、と心配だった。いくら心配してもこの部屋には雨戸がないから、どうしようもない。幸いこの地域は、他の荒れている地域よりはいくらかましな天候だった。と言っても、窓はガタガタ揺れているし、避難勧告が出ている。お世辞にも安全とは言えない場所であることに違いなかった。

 この天気だと、外に出られるわけもないし、何をしようかなと思う。とりあえず、換気扇を回して煙草に火をつけた。錆びかけている機械特有の滑りの悪い音をたてながら、換気扇は勢いよく回る。たぶん扇風機よりも回転数が多いのではないだろうか。煙草を一口吸って煙を吐き出すと、それは勢いよく換気扇に吸い込まれていった。換気扇と扇風機、形はとても似ているのに、その機能は正反対だという事実に今更ながら気づいてしまった。どうして換気扇は空気を吸い込むのに、扇風機は空気を吐き出すのか。たぶん回転しているプロペラの形状に答えがあるのではないだろうか。それか、換気扇は部屋に向いている方が、扇風機の後ろ側だと考えることもできる。どうでもいいことだった。

 無駄なことを考えながら、煙草を吸い続ける。今日一本目の煙草は、換気扇を通じて感じられる冷たい匂いと合わさって、深く身体に染み込んでいく気がした。煙草を片手にスマホを見ると、友人から連絡が入っていた。

「そっち雨すごいみたいだけど大丈夫?」

 友人は高校の同級生だった。大学に入って、俺は地元から出たので距離は離れてしまったけれど。彼女は高校時代に唯一俺に優しく接してくれた人物だった。今でもたまに何かあると連絡をくれる。

 「大丈夫だといえば大丈夫だけれど、大丈夫じゃないといえば大丈夫ではないかな」

 送信してから、曖昧でよくない表現だったなと思う。大丈夫か、大丈夫ではないのか、この文面からだと何もわからない。間違えたな、とも思う。彼女に対して正しい答えを返せたことは今までなかったような気がする。そもそも、正しい答えとは何なのか。

 「それって結局どっち? こっちの方は凄い晴れてるよ」

 写真付きで返事がきた。田園風景と青い空が広がっている。記憶のある景色だった。数年前まで、俺が自転車に乗って走っていた道を今彼女は一人で歩いている。俺も風景の写真を送った方がいいのかな、と思ったけれど窓は相変わらずガタガタと怖いくらいに音をたてながら揺れていた。

 「今のところは大丈夫。ただ、雨がきついから、これから大丈夫ではなくなるかもしれない」

 雨はどんどん勢いを増している気がする。ウェザーニュースを開くと、これから数時間は雨が激しくなることが書かれていた。このままだと、避難勧告が避難指示に変わるかもしれない。そうなると、どこに避難しなければならないんだっけ。それよりも、こんな天気で外に出て避難所まで行けるのかどうか。

 「本当に? 大丈夫じゃなさそうだったら、すぐに避難するんだよ」

 彼女は昔から、俺のことをよく気にかけてくれた。高校の時、俺はいつも一人でいて、彼女はいつも友人たちに囲まれていたけど、なぜか俺に話しかけてくれることが多かった。朝、登校中に少し話をしたり、家が近くだったから一緒に帰ったりもした。彼女はいわゆる幼馴染で、幼少期から少しの交流はあったけれど、小学校高学年から高校に入るくらいまでは、ほとんど話しをすることもなかった。思春期にありがちな照れというよりは、単純にお互いがお互いの存在を忘れてしまったみたいだった。だから、高校に入ってから色々と話しかけられることがあって、女子に話しかけられて恥ずかしいというよりは驚きの方が強かった。

 「もう外に出るのは難しそう」

 彼女に対する接し方として、一つ決めていることがある。それは、常に正直に話すということだ。別に、普段から嘘をついているような人間ではないけれど、彼女には優しく接してもらっていることの責任として、嘘をついたりしてはいけないと思っている。彼女の観察眼が鋭いせいで、嘘をついても見破られてしまう、ということの方が理由としては大きいけれど。

 彼女にメッセージを送ってから二分が経っても返信はなかった。すぐに返事がないと不安に思うことはないけれど、それまですぐに返事があったから、おかしいなと思った。まあ、さっきの写真を見る限り歩いている最中だろうし、歩きスマホはよくないと彼女も気づいたのだろう。

 それから一〇分ほど経ってから、スマホの鳴る音が聞こえて、画面を見ると彼女からの電話だった。どうしたんだろう、と思いながら電話を取った。

「もしもし」

 彼女の少し上擦った声が聞こえる。電話口からは、彼女の声以外にもガチャンと、ドアの閉まる音が聞こえてきた。

 「どうしたの?」

 「大丈夫かと思って。電話するために急いで帰ってきた」

 彼女には昔からこういうところがあった。別に、家に帰ってから電話をしなければならない決まりがあるわけではない。携帯電話は携帯しているからこそ意味があるのであって、わざわざ家に帰って電話を掛けるというのは、固定電話と何ら変わらない役割を携帯電話に課していると言えなくもない。彼女のそういうところをわかっているから、俺はわざわざ「なんで家に帰ってから電話するの? 別に外でもよくないか?」と言うつもりはなかった。

 「さっき連絡した通りだよ。もう外に出られない」

 ありのままを伝えた。それが自分の中でのルールだから。

 「ああもう。君は昔から、いつも冷静なんだから。こっちが焦ってしまうわ」

 「大丈夫だよ。あと何時間かで雨雲通り過ぎるってニュースでやってたし。昼過ぎには晴れると思うよ」

 「それまでに君の住んでいるところが無事だっていう確証はないわけでしょう?」

 彼女の焦りは口調や、電話口から伝わってくる呼吸のリズムで感じられた。どうして、彼女はこんなにも焦っているのだろう。それがすごく不思議だった。

 「なるようにしかならないよ。だから落ち着いて」

 「どうして、当事者の君がそんなに落ち着いていられるかなあ。死ぬかもしれないんだよ?」

 さすがにそこまでではない、と思いたい。彼女の声は、ほとんど泣き声に近かった。俺は彼女の声を聞いて、なんとか彼女が元気になってくれないものか、と色々考えたけれど、気の利くような科白は一つも浮かんでこなかった。

 「大丈夫だよ。たぶん」

 「本当に?」

 「まあ」

 未来の事なんて何もわからない。だから、確証に満ちた言葉で彼女を安心させることは難しかった。俺は彼女に対して、正直に向き合うと決めているから。ただ、そこまで彼女が不安に思うような事態は発生しないように思えた。楽観的な期待だと言われたらそれまでだけれど。というか。

 「そこまで心配することだろうか」

 単純な疑問。死ぬというのはさすがに飛躍しすぎではないだろうか。テレビでは大雨による被害の映像が流れてはいたが、まだ死傷者の情報は全然流れていなかった。災害時の死傷者数というのは、大方の場合、災害が過ぎ去った後にその合計が発表されるものなので、死傷者が一人もいないと考えるのはさすがに無理があるけれど。何というか、彼女が死ぬことをあまりに明瞭に未来の結果の一つとして受け止めていることが意外だった。

 「心配することだよ。君はわかっていないかもしれないけど、人は簡単に死ぬんだよ」

 彼女の様子が少しおかしいことに、ここで俺はようやく気が付いた。大学に入ってからは、彼女の姿を見ることは全くなくて、週に一度連絡を送り合うくらいの関係だったせいか、彼女が漂わせている違和感を見つけるのが遅くなってしまった。

 「何かあった?」

 「え」

 彼女は、虚を突かれたようにそういうと、しばらく黙り込んでしまった。気まずい沈黙。俺なんかが踏み込んでいいところではなかったのかもしれない。でも、心配してくれる人を心配することくらいは許されるのではないだろうか。

 「だから、やけに不安そうだし」

 追い打ちをかけることで沈黙を破った。彼女は少し考え込むように「うーん」と唸ってから、しばらくした後に朴訥に語り始めた。

 「あのね。この前こっちで少し大きな地震があったじゃない?」

 言われて少し考え込む。毎日のように台風や地震のニュースを見ているせいで、彼女の指している地震がいつのことなのか中々思い出せない。黙っている僕に気を利かせたのか、それとも聞き役に徹していると思われたのか、彼女は僕の応答を待たずに語り続ける。

 「ほら、ちょうど一か月くらい前に。震度五の地震が。あの時にね、うちの母方のお祖母ちゃんが怪我をしちゃって、救急車で運ばれたの。そこから、今までずっと入院してるんだ」

 知らなかった。そりゃ、彼女から聞かされていない、彼女の身に纏わることなんて、知る由もないのだけれど。一か月前の地震と聞いて、俺はようやくその時のことを思い出した。地震の多い国だから、建物の建設基準はしっかりしているからか、家の倒壊みたいなことはあまりなかった。だけど、それは家の下敷きになって死ぬ件数が少なくなるだけで、地震は他にもいろいろな形で人間を襲った。当時、テレビのニュースで、食器棚から食器が倒れてきて負傷した高齢者の話を聞いた記憶がある。もしかしたら、それが彼女の祖母のことだったのかもしれない。

 「だからほら。今、災害で身近な人が傷つくことに敏感になってるのかもしれない」

 そうなのかもしれない。普段、ニュースで死傷者の数が何人だったと報道されているのを見るたびに、恐ろしい災害だった、亡くなった方は可哀そうだなんて思うけれど、結局のところそれは他人事だ。自分の周りで被害にあった人がいたり、自分が被害に会うことで、初めて、その数字は現実感を得るものだろう。彼女は身近な人が傷ついたことで、自分で言っている通り、過敏になっている。

 「そっか」

 「でも大丈夫だよ」、とは言えなかった。それを言うことは余りにも無責任に思えたし、彼女に対して誠実でない気がした。俺が大丈夫だと、俺自身は保証することができないのだから。だから、簡単な相槌しか出てこない。

 「うん。私、変な感じだったかな? だったら、ごめんね。心配だったの」

 それは真実だろう。彼女は俺のことを本気で心配している。それはとてもよく伝わってきた。

 「気にしなくていいよ。お祖母ちゃんが怪我したのなら、敏感になって当然だし」

 「うん」

 お互いに何も言えなくなってしまった。次に言うべき言葉を探すけれど、何も思い浮かばない。そもそも、いつも彼女とどんな話をしていたっけ。それすら、よくわからない。

 時間にして三〇秒くらいだろうか。それはとても長いように感じられて。耐えきれなくなったのか、彼女の方から言葉を投げかけてきた。

 「話変わるけど、最近どう? 学校とか……、上手くやれてる?」

 そうそう、いつも彼女とはこんな風な話をしていたと思う。お互いに会わなくなってから。

 「どうだろう。高校のときよりは上手くやれていると思うよ」

 大学に入ってから、あまり一人でいることがなくなったように思う。友人と呼べるような間柄の人もできた。ただ、一人でいる時間が少なくなったことが上手くいっていることだと、言えるのかどうかは少し疑問だった。高校のときだって、あれはあれで上手くやれていたと思っている。けれど、彼女の基準だと、俺は上手くやれていなかったから。だから、今上手くやれているのだと答えた。年を取って、そういった文脈を読み取れるようになってきた。昔は、相手の基準で物事を測るということがほとんどなかった。そんな人間だったから、周りに人がいなかったのかもしれない。

 「そっか。もう四年も経つもんね」

 「そうだね」

 高校を卒業してから四年が経っていた。四年も経てば色々なことが変わる。俺の考え方や、人間関係もそのことにもちろん含まれている。地元で未だに連絡を取り合っているのだって彼女しかいない。連絡を取り合うような人間が彼女しかいなかったから、当たり前なのだけど。それでも、彼女とこうして、高校を卒業してから何年か経っても電話をしているだなんて、当時の俺からしたら想像だにできなかったことだろう。それくらい意外だった。彼女と関係が続いているということは。こちらから、関係を続けようと何か努力をしたわけでもない。強いて言うなら、彼女から送られてくるメッセージ一つ一つに対して、律義に返事を送っていたということくらいだ。連絡は常に彼女から。

 「ねえねえ、今度いつこっちに帰ってくるの?」

 彼女はそれまでの暗い空気を入れ替えるように、明るく聞いてきた。連絡を取り合ってはいても、実際に会うことは高校を卒業してから、一回もなかった。それは、彼女が友人の多い魅力的な人間であるということと、俺が実家には一年の内ほんの数日しか帰らないことが原因だった。わざわざ予定を合わせて会おうという気にはお互いなれなかったのかもしれない。

 「年末かな。大晦日と元旦くらいだと思うよ。卒論も書かないといけないし」

 「そっか。そりゃ、忙しいよね。もう四年生だし」

 彼女は、うんうんと納得したような相槌を打つ。彼女の質問が何を意味するのか、俺にはよくわからない。実家にもう少し顔を出した方がいいよって言おうとしたのかもしれないし、俺に会いたいって言おうとしたのかもしれない。自惚れだけれど。結局、彼女はこう思っているだろうと、確からしい気持ちを当てはめることすら俺には難しかった。

 「そっちは、卒論とかないの?」

 こちらからも質問を投げかける。彼女からの言葉を待ち続けるだけだと、それは会話だと言えないから。

 「私のところは卒論ないんだ。だから暇なの」

 そうだったのか、という気持ちと、そんなことも知らなかったという思いが胸に去来する。週に一度のやり取りを欠かさず行っていたとしても、俺は彼女のことをよく知らないのだと気付いた。たぶん、それは彼女も同じことで。おそらく、彼女は俺がこうやって煙草を吸うようになったことも知らないのだろうな、と思う。換気扇はさっき煙草を吸っていた時から、相も変わらず回り続けている。雨の音は止まない。電話を通じて、この音は彼女のもとに届いているのだろうか。

 「じゃあもう、後は卒業するまで何もないの?」

 「うん。単位は取り切ってるし、就職ももう決まってるし。そういえば、君は大学院に行くんだってね」

 「そうだね」

 「なんか意外だね。君はきっとどこかで働くものだと思ってた」

 「そうかな。意外でもないと思うけど。勉強は好きだし」

 大学院に進学するということを彼女に話した覚えはある。だけど、彼女がどこに就職することになったのか、いつ就活が終わったのか、といったことは聞いた覚えがない。彼女は、いつも俺に疑問を投げかける。俺はそれに対して、律義に正直に答える。それが俺と彼女のコミュニケーションのスタイルだった。彼女は自分のことをあまり話さない。俺は聞かれたことにしか答えようとしない。

 「うーん。でも、そうかもしれない」

 彼女の中での俺のイメージというのは、きっとひどく曖昧なのだろう。なにせ四年も会っていないのだ。文字でやり取りを積み重ねても、直接姿を見ないと、人のイメージというのは上手く更新されないものだと思う。その意味で、彼女の中の俺は更新されていない。高校時代のままだ。いくら俺に友人ができて、一人ではなくなったということを聞いても、彼女はそうなった俺の姿を上手く想像できない。でも、それは仕方のないことだ。仕方のないことだから、埋め合わせをしていかなくちゃならない。

 「どこに就職するの? やっぱり地元?」

 「うん。うちの両親もう年だから、ここから私が出ていくと不安に思うかなって」

 彼女はとても優しい。自身の両親に対しても。そのことを俺は尊敬している。彼女は将来のことを考えて、地元に残るという選択をしたのだろう。それに比べて、俺のとった道というのは、あまりにも不透明で不安定だった。

 「えらいね」

 「え」

 思ったことは正直に伝える。それが誉め言葉なら、なおさらだ。彼女は褒められて嫌な気分になるような人ではないことくらいは、少なからぬ付き合いの中で知っていた。

 「えらいと思う」

 もう一度、今度ははっきりと伝わるように言葉を口にする。

 「えらいかな」

 戸惑うような声。

 「うん。しっかりと先のことを考えてる」

 こう言われると、自分なら先のことを考えるのは果たしてえらいことなのか、なんて考えてしまうのだけれど、彼女はきっとそんなことは考えない。

 「ありがとう」

 面映ゆそうな声。その言葉から、電話口を通して離れた距離にいる彼女の表情がわかった気がした。俺が想像した彼女の顔は、四年前に見たあの魅力的な笑顔だったけれど。笑顔くらいは変わらないでいて欲しいと思う。

 それから、取り止めもないことをだらだらと話した。俺が地元を離れてから、地元の風景も色々変わったのだということ、近所の誰々は相変わらず一年中サンダルで外出しているのだということ、お世話になった国語の先生が退職なさったということなど。彼女は楽しそうに俺に話をしてくれた。それに対して、俺は彼女が話しやすいように、気を付けながら返事をした。

 「君の話も、もっと聞かせてよ」

 そう言う彼女に、何を離そうか凄く悩んだ。彼女にあまり関係のない話はするべきではないのかな、とか考えると特に話すようなことはなかった。

 「なんでもいいから。君がそっちで感じたこと、経験したこととか」

 とりあえず、バイトのことでも話そうかなと思った。おもしろいかはわからないけれど、変な事件は色々起こる場所だったから。

 「そんな感じかな」

 一通り話し終わると、彼女の嬉しそうな弾んだ声が聞こえてきた。

 「君がそっちで楽しそうに過ごせてるみたいでよかった」

 「そうかな」

 「楽しそうに話してるから、きっと楽しいんだよ」

 気付けば、雨の音は聞こえなくなっていた。電話口から伝わってくる彼女の声以外に聞こえるのは、まだ回り続けている換気扇の音くらいだ。時計を見ると、時刻は一三時すぎだった。窓の外から、それまでの暗闇と違って、日の光が差し込んでいた。

 「あ、晴れた」

 「ほんとに? よかった」

 彼女は今まで雨が降っていたことを忘れていたみたいだった。忘れていたんじゃなくて、俺が会話の途中に言葉を差し挟んだから、意味を理解するのに少し時間がかかっただけだと思うけれど。

 「虹が見えそう」

 彼女に対してだけは、思ったことをそのまま口にしてしまう。でも、雨のあとだから、本当に奇麗な虹が見られるんじゃないかと思った。

 「写真送ってよ」

 「いいけど、写真を撮るには電話を切らないと」

 「それでもいいよ。今日はたくさん話したし。また今度、君が帰ってきた時にでも話そうよ。私、予定空けるから」

 楽しそうに、まるでそれがもう決定事項だとでもいうように彼女は話す。

 「わかった」

 それもいいかな、と思う。彼女と話すのは楽しいのだとわかったから。きっと、今度会う時も楽しくなるに違いないと思ったから。

 「じゃあ決定ね。またね」

 「またね」

 電話はそれで切れてしまった。さて、俺がこれからやることは、換気扇を止めることと、外に出て虹を探すことだ。少しでも綺麗な虹を探すために、靴を履いて、スマホを持って家を出た。