はなのかんばせ

だいがくいんせいのらくがきのーと

ゴキブリは飛行しない

 夜、部屋のドアを開けると、耳には羽音が響き目には何かゴキブリのようなものが写る。殺虫剤の入ったスプレーを振るけれど、気がつくとその姿はない。再び現れるのは、私が床に着くときである。耳元でずっと羽音が聞こえる。その度に私は、目を閉じてじっと精神が肉体から切れるように願い眠りに落ちる。

 身体から得られる情報に、嘘が混じると世界が歪む。正しい世界、そんなものがあるのかはわからないけれど、他者の観測できないものを観測してしまう不自由さは、私をひたすらに世界の外へと押し出す。見えるものが信じられなくなり、ただ目を覚ましているだけで恐怖に陥り、一人ではどうしようもなくなる。

 暗い場所を歩くことが難しくなったけれど、理性の力で肉体の情報を修正すればいくらかはマシになることに気づいた。客観的に?把握されている世界の情報を集めて、自分が見たあり得ないものを否定する。そのような行為の積み重ねによってしか、足元を固めることができない。