はなのかんばせ

だいがくいんせいのらくがきのーと

さまよえる人

 明かりの少なくなった街を俊介は歩いていた。人影はほとんどなく、見かけるとすれば、野良猫くらいのものである。車の通りも疎らで、俊介は車の多い方へ行こうと、住宅街を抜けて大通りへ出ることにした。
 電灯と民家から漏れるわずかばかりの明かりを頼りに、俊介はただ広い道を目指して歩いていた。静寂に包まれた街。喧騒ははるか過去のものだ。角を曲がるたびに、道の先が見渡せるようになり、いつしか俊介は片側三車線の道路にまでたどり着いていた。俊介に目的はなかった。いつからか繰り返し続けた夜歩きではあるが、いつも寄ることにしている酒場も閉まっているはずだからだ。俊介は大通りを東に進むことにした。西には何もない。何かを探している時点で、俊介には既にある種の目的が生じてしまっていたのかもしれない。
 喫茶店洋服屋、それからスーパーにカラオケボックス。昼にしか開かない店は当然のごとく開いていない。けれども、夜にも営業しているはずだった場所も閉まっている。明かりが見えるのは、ファミレスとコンビニ。コンビニの駐車場には軽自動車が数台停まっている。俊介はただ東を目指した。どこかの店に入ろうとはしない。ただ、歩く。手をふらふらと前後に揺らしながら、黙々と。持っているものは、鍵とスマートフォン、さらに有線のイヤホンと煙草にライター。煙草の銘柄はパーラメント。歩道橋が見えてくると、俊介はイヤホンをスマートフォンに接続し、音楽を流した。他愛もないロックミュージック。三十年ほど前に流行ったその音楽は、もはやロックとしての価値がなくなっていたけれど、今の俊介にとっては景色を変えるという行為において、十分な意味を持っていた。低いドラムの音と身体に響くようなベースの音が俊介の身体を満たす。暗かった街にも俊介の身体を通じて音楽が流れ込んだ。
 錆び切った街に意味が溢れ出す。馬鹿みたいな貼り紙は、俊介にとって権力の象徴でしかない。それを晒している場所には、俊介の求めるものはない。だから、俊介はまだ歩きつづけた。何もない場所を目指して。信号を五つほど渡ると、道路の左脇に公園が見えた。俊介の足は、自然とその公園へと向かっていた。
 公園は、滑り台と砂場しかない小さなものだった。滑り台は錆が目立ち、砂場には誰かの忘れて行った子供用のスコップが刺さっている。俊介は、公園の中に入ると、ポケットから煙草の箱とライターを取り出して、一本に火をつけた。肺がいっぱいになるくらい煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。十秒ほど経ってから、もう一度煙を吸う。それを火種がフィルターの限界に来るまで繰り返す。それが俊介の煙草の吸い方だった。煙草を吸いながら、俊介は公園の隣に建っているマンションを眺めていた。凡そ七階程度と思われる高さのマンションだが、明かりのついている部屋は三部屋しかなかった。煙草を吸い終わる頃、一曲がちょうど終るころだったので、俊介は音楽を止めてイヤホンを耳から抜き、ポケットに戻した。俊介は家路につくしかなかった。